プロ野球歴代最強特集

プロ野球・横浜ファンが選ぶベイスターズ歴代最強打者TOP3!

アイキャッチ引用:http://www.baystars.co.jp/

こんにちは、橘裕司です。

今回もプロ野球球団歴代最強打者について語ってもらいます。

橘裕司
橘裕司
まさかのシリーズ化ですな

この記事では、横浜DeNAベイスターズの歴代最強打者についてです。

橘裕司
橘裕司
参りましょう

はじめに

横浜DeNAベイスターズ(以下ベイスターズ)の球団創設は、山口県を本拠地としていた大洋ホエールズとしての1950年になります。その後、1952年松竹ロビンスと対等合併し、それ以降の変遷は下記になります。

  • 1953年:大洋松竹ロビンス
  • 1954年:洋松ロビンス
  • 1955年〜1977年:大洋ホエールズ
  • 1978年〜1992年:横浜大洋ホエールズ
  • 1993年〜2011年:横浜ベイスターズ
  • 2012年〜現在:横浜DeNAベイスターズ

上記を見ていただければ分かると思いますが、合併や親会社の変更が多い球団になります。チームとしての成績は、日本一は2回、リーグ優勝は2回になります。

最後にリーグ優勝を果たした1998年には、当時のチーム打率歴代トップとなる打率.294を記録した「マシンガン打線」(現在の歴代トップは2003年の福岡ダイエーホークスの.297です)を擁し、リーグ優勝を飾りましたが、1999年以降の成績はAクラス6回、Bクラス13回となっており低迷が続きました。

これは、得点力に対して失点が多いこと、主力選手の流出が主原因と考えます。例えば2008年は首位打者と最多安打の内川選手(現福岡ソフトバンクホークス)、本塁打王の村田選手(現栃木ゴールデンブレーブス)、30本塁打の吉村選手(現福岡ソフトバンクホークス)の強力クリーンナップを擁しましたが、投手陣の崩壊により90敗を記録し最下位となりました。なお現在では3選手ともに他球団へ移籍してしまっています。

しかし、近年は2年連続Aクラスとなり、2017年はクライマックスシリーズで広島東洋カープを下し、日本シリーズへ出場を果たしました。

本拠地は横浜スタジアムになります。完成時には全本拠地球場の中で最も両翼までの距離が長い球場でしたが、現在では他球場の改修により最も狭い球場となっています。

今回は、低迷から抜け出た感のあるベイスターズの歴代最強打者TOP3を紹介します。

なお今回選定するにあたっては下記条件を設けました。

  • 日本人であること
    ベイスターズは歴代の外国人選手に強打者が多く、外国人選手も含めてしまうと、TOP3を選ぶのが困難になってしまうことから、外国人選手は除外することとしました。
  • 1985年以降の入団であること
    実際にプレーを見たことが無い選手を選ぶことに抵抗があり、筆者がプロ野球を見始めたのは1990年代後半であることから、1985年以降入団の選手としました。
  • 他球団の在籍が有る選手はベイスターズに8年以上在籍の場合は選定対象とする
    生え抜きの強打者もいますが、他球団に行った/他球団から来た選手も紹介したいため、このような基準を設けました。

それでは下記より紹介させて頂きます。

石井 琢朗

引用:http://number.bunshun.jp/articles/-/11897

足利工業高校から1988年にドラフト外で横浜大洋ホエールズに入団しました。

これは、東洋大学への進学が決まっていたため、どの球団からも指名されなかったためになります。その後は2008年までベイスターズに在籍、2009年から2012年までは広島東洋カープに在籍し、現役を終えました。

石井選手というと「俊足巧打の遊撃手」のイメージですが、入団当初は投手でした。初先発に初勝利をあげるなどし、評価は高かったものの結果が続かず、本人の意向もあり4年目からは内野手登録となりました。

ちなみにこの時登録名が石井忠徳から石井琢朗に変わっていますが、忠徳が本名になります。これは野手として成功するために、字画や周囲のアドバイスにより変更となったようです。

内野手に転向1年目から三塁手として定位置を確保。3年連続ゴールデングラブ受賞するなど、三塁手として優秀な守備成績を残しつつ、打率3割を記録、盗塁王獲得と攻撃面でも成績を残しました。野手転向5年目から「1番・遊撃手」としてその後は最多安打2回、盗塁王3回、ゴールデングラブ1回を獲得し、ベストナインに至っては5年連続受賞し、リーグを代表する遊撃手となりました。

その後、膝の手術や若手の台頭とチーム方針もあり、2008年にはチームから引退勧告を受けるも、本人は現役続行を希望し、広島東洋カープに移籍。2012年に現役を終えました。

背番号は1989年〜1992年が66番、1993年が0番、1994年〜2008年が5番、2009年から2012年は25番を背負っていました。

選手としての特徴

バットを自分の正面に置き、投手方向にヘッドを傾けながらリラックスした構えから放つ巧打を特徴としています。

最多安打は2度獲得しており、通算の安打数である2432本は出場数の2413試合を上回っており、歴代14位になります。

なお投手として勝利した選手の2000本安打達成は、川上哲治氏以来史上2人目であり、ドラフト外入団では秋山幸二氏以来2人目となります。

二桁本塁打は3回記録しており、それ以外の年でも6〜8本を記録しており、決して非力なバッターではありませんでした。

また、1番バッターとして大事な要素である出塁率は、通算で.356と高い成績を残しています。特筆すべきは、三振数は一度も100回に到達しておらず、三振数と四球数がほぼ同数の年が複数年ある(うち3年は四球が上回る)ということです。

このことから、選球眼が良く球を見極めることができ、かつ追い込まれてもコンタクトが上手い打者であったことが分かります。

石井選手を語る上で無視できないのは盗塁です。通算の盗塁数は358個でこれは歴代で16位の記録になります。ただし通算の成功率は67.9%と決して高い数字でありません。

盗塁王4回獲得は歴代5位タイとなっています。うち3回が3年連続であったことから強烈な印象として残っています。

記憶に残る打席

一つに絞ること難しいため、現役の最終打席を紹介させて頂きます。広島東洋カープ入団後にファンの心を掴み愛され、更にベイスターズファンからも愛されていた石井選手の最終打席は、ハマスタで迎えるという粋な演出でした。

全盛期を知るファンは涙なしでは見ることができない最終打席でした。会場の雰囲気からも、石井選手の人柄が分かるかと思いますので是非見てみてください。

 

鈴木 尚典

引用:https://mainichi.jp/articles/20171101/ddl/k14/050/101000c

横浜高校から1990年ドラフト4位で横浜大洋ホエールズに入団。2008年に引退するまで、ベイスターズ一筋で通しました。

横浜高校時代から守備に難があるものの、打力があったことから入団直後から4番を務めるなど、長打力は注目されていました。

入団から3年は2軍で着実に力をつけ、4年目から1軍に定着。翌年からは先発に定着し、クリーンナップを打つようになり、1997年から2年連続首位打者獲得、1999年は打率リーグ3位を記録するなどし活躍しました。

2001年からの2年は打撃フォームのずれなどで、成績は下降しますが、2003年に復調。しかしその後は、故障や若手の台頭、守備難により出場数が減少していきました。打撃も復調を見せることはあっても安定せず、2008年のシーズンオフに、球団からの戦力外通告とコーチ就任の要請を受け、現役を引退しました。

守備は主に左翼手でした。守備難の一因としては、肩の弱さが指摘されることが多いようですが、これは高校時代に捕手をやっていた際に肩を壊したことが原因のようです。

背番号は1991年〜1997年、2007年〜2008年が51番、1998年〜2006年が7番を背負っていました。7番を選択した理由は、元巨人の吉村禎章氏に憧れていたことが理由のようです。

選手としての特徴

グリップは低く身体の正面に置き、ヘッドを背中側に倒し、制止した構えからのコンパクトなスイングのフォームが特徴でした。

首位打者を2回記録しており、通算の打率は.303、通算の安打数は1456本を記録しています。数字を一見するともっと良い成績を残した打者をいるような気がしてきますが、実働17年の中で、通算安打のうち1279安打は9年で記録しています。

全盛期が短い選手とされることも多い鈴木選手ですが、9年も安定した成績を残していることから、決して全定期は短くなく正しくは「全盛期とそれ以外が極端な選手」でありました。一般に、成績が下降した理由としては「フォームを崩したから」とされています。

これは元々中距離打者であり、10本台後半の本塁打(20本到達は2年)を記録していた鈴木選手が、チーム方針や周囲の声により飛距離を求めてしまった結果を言われています。

足が早いこともあり長打率は高く、通算では.461を記録しています。盗塁数も二桁盗塁を2度記録しており、成功率は63.9%と高くはありませんでが、決して悪いものではありませんでした。

巧打を特徴とするものの、三振は少なくありません。しかし出塁率は高く、4割超えも一度記録しており、通算では.363となっています。

記憶に残る打席

2004年の阪神戦で放ったサヨナラホームランを紹介します。鈴木選手らしいフォームから右中間の深いところに突き刺さるホームランです。当時、90年代後半に球児だった人は、一度は構えを真似したことがあると思う程有名なフォームでした。

筒香 嘉智

引用:http://number.bunshun.jp/articles/-/826212

横浜高校から2009年ドラフト1位で横浜ベイスターズに入団。現在もベイスターズの4番打者としてプレーを続けています。

高校通算69本塁打を記録し、高校日本代表に選ばれるなどし、打力、特に長打力を評価されプロのキャリアをスタートしました。ちなみに「左の強打者」としての印象が強い筒香選手ですが、高校時代に両打ちに挑戦し断念、入団当初も右投両打で登録され左打に登録変更された経緯があります。

2010年は高卒新人でありながら二軍では4番を任され、26本塁打88打点で二冠王に輝きます。翌年は怪我に悩まされるも、再度二軍で本塁打王に輝き、一軍の試合出場を得ると、長打力を発揮するも三振も多く、1試合5三振も記録します。

その後は二桁本塁打を記録するも、打率が伸びず、また故障や補強選手の加入により出場機会に恵まれない時期を過ごします。

転機となったのは2014年、左翼手にコンバートされ、故障による離脱はあったもののシーズン中盤以降は4番を打ち、成績も.300、22本塁打、77打点と主軸として十分な成績を残しました。

それ以降は打撃タイトルで常に上位に名を残すとともに、二冠王も獲得し、侍ジャパンに選出されるなど、球界を代表するホームランバッターへと成長しました。

守備位置は、入団当初は三塁手、一塁手でしたが途中外野にも挑戦し、2014年以降は左翼手に固定されています。守備では守備範囲は広くないものの、2015年には捕殺リーグトップを記録しており、悪くはありません。

背番号は、2010年は55番、2011年は8番、2012年以降は25番を背負っています。25番の前任者は村田選手であることから、筒香選手の活躍もあり「ベイスターズの四番の背番号」のイメージができあがってきました。

選手としての特徴

ゆったりとした構えから、上下動が少なく足を上げないノーステップ気味で、球を身体の近くで捌く打撃が持ち味になります。

これにより、変化球等により崩されることも少なくなり、また逆方向(レフト方向)へも本塁打が打てることが特徴です。

2016年は44本塁打で本塁打王に輝いていますが、うち11本が逆方向であることから広角に打つことができる打者であることがいえます。

近年では日本人打者で40本を超えたのは2011年の中村剛也以来であり、日本球界屈指の長距離砲であることは間違いありません。

長打率も2016年は.680を記録。通算でも.518と高い成績を残しています。フォームを細かく変更(構えをオープンスタンス気味にしたり、足の上げ方を変えたり)していることも特徴で、それにより成績の上下はありますが、年単位で見ると成績は安定していることから、柔軟かつ修正能力の高さが分かるとともに探求心の強さも分かります。

三振は多い傾向があり、100三振を4回記録していますが、年々四球数も増えており、2016年は87個、2016年には93個でリーグトップとなっています。

このことから、早打ちではなく、良い球を粘り強く待つとともに、選球眼が良い選手であることが分かります。出塁率4割を2回記録しており、塁に出る能力も高いです。

筒香選手を語るうえで無視できないのはその勝負強さです。得点圏打率は毎年3割を大きく超え、2014年に至っては.416を記録しています。

記憶に残る打席

今シーズンの5月、巨人戦で1試合3本塁打を放った際の動画を紹介します。全打席とも打った瞬間それと分かる打球ですが、2本目はきれいに腕を畳んでミートしていたり、3本目は崩されそうになりながら残してバットに乗せていたりと、技有りな筒香選手らしい本塁打だと思います。

2016年シーズンのクライマックスシリーズの巨人戦で、マイコラス選手から放った本塁打を紹介します。完全に崩されてバットが泳ぎ気味ですが、身体は残っており、ライトの中段までに放り込んでいます。こんな打ち方をされてしまうと投げるところがなくなってしまいそうです。

まとめ

筆者の独断と偏見で3人の打者を選定させて頂きましたがいかがだったでしょうか。今回の選定も難航しましたが、理由は大きく下記2点です。

  1. 名選手はたくさんいますが、その中で突出した人が少ない
  2. ベイスターズで好成績を残し、他球団にいってしまう人が多い

1は駒田選手、佐伯選手、波留選手、進藤選手などです。
2は谷繁選手、内川選手、村田選手、吉村選手などです。

よってかなり悩みましたが、特に印象に残っている選手として石井選手と鈴木選手、日本を代表するバッターになってほしいという想いから筒香選手を選定しました。

他のベイスターズファンも、年齢や選定のポイントによっては全く別の人を選ぶこともあり得ると思います。

また、近年の好成績には生え抜きの若手の台頭は無視できないと思っています。宮崎選手をはじめとした現役選手が過去の名選手を超え、ベイスターズ歴代の最強打者に名を連ねる可能性は十分にあると思いますので、今シーズン以降も注目が必要なチームだと思います。

本記事がベイスターズの選手や歴史を知るきっかけになると幸いです。

関連コンテンツ:



COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です