歴代甲子園優勝校等特集

『甲子園優勝校・歴代最強時代特集』横浜高校野球部の1998年世代

アイキャッチ引用:yahooheadline

こんにちは、橘裕司です。

夏の風物詩、甲子園では様々なドラマが毎年生まれますよね。今回は、毎年全国制覇が期待される、横浜高校の最強時代を取り上げてみたいと思います。

橘裕司
橘裕司
何かと話題の豊富なYOKOHAMA!!

横浜高校といえば、現在1年生の度会選手(木下選手、松本選手は甲子園はベンチ入りできず)が甲子園予選デビューしますね。2年生の及川投手と共に注目したいところです。

それでは、早速参りましょう。

はじめに

長い高校野球の歴史の中で、様々な強豪校が名を馳せてきましたが、そのそれぞれの高校にも歴史があると同時に、その歴史の中でも特に強かった年が存在します。

本記事では横浜高等学校(横浜高校)の歴代最強だと思われる年を紹介します。

横浜高校の通算成績

横浜高校は神奈川県横浜市にある私立高校であり、全国でも屈指の名門校になります。

その横浜高校の甲子園での通算成績は、春(選抜)・夏(選手権)通算で56勝27敗を記録。選抜の出場回数は15回で歴代24位、選手権のの出場回数は17回で歴代30位となっています

なお、選抜での優勝回数は3回(1973年、1998年、2006年)で歴代3位、選手権での優勝回数は2回(1980年、1998年)で歴代7位となっており、出場回数の歴代順位と比較すると優勝回数の多さが分かるかと思います

そんな横浜高校ですが、最強と思われる年は1998年になります

橘裕司
橘裕司
松坂世代だよね

その戦績とチームの総合力から、横浜高校内だけでなく、歴代の全高校の最強チームにも名が上がる程の1998年のチームですが、次項から詳細を説明します。

1998年(平成10年度)の横浜高校

成績

平成10年度の横浜高校は、選抜での優勝、選手権での優勝、国体での優勝、明治神宮大会での優勝により四冠を達成しています。

なお、四冠達成は2018年に至るまで横浜高校のみとなっています。

1998年のチームは公式戦無敗の44勝を記録していることからも、この年の突出ぶりが伺えると思います。

当然、公式戦無敗も1998年の横浜高校のみです。

橘裕司
橘裕司
無敗はえぐい・・・。

以下に明治神宮大会、選抜甲子園、夏の選手権大会、国体の結果をまとめました。

  • 明治神宮大会
    準々決勝:横浜5-1豊田西
    準決勝:横浜5-2国士舘
    決勝:横浜5-3沖縄水産
  • 選抜(春・甲子園)
    2回戦:横浜6-2報徳学園
    3回戦:横浜3-0東福岡
    準々決勝:横浜4-0郡山
    準決勝:横浜3-2PL学園
    決勝:横浜3-0関大一
  • 選手権大会(夏・甲子園)
    1回戦:横浜6-1柳ヶ浦
    2回戦:横浜6-0鹿児島実
    3回戦:横浜5-0星陵
    準々決勝:横浜9-7PL学園
    準決勝:横浜7-6明徳義塾
    決勝:横浜3-0京都成章
  • 国体
    準々決勝:横浜3-2日南学園
    準決勝:横浜18-2星陵
    決勝:横浜2-1京都成章

結果を見てみると、接戦が多いことが分かると思います。

打線は相手が好投手であっても確実に得点する能力はありますが、大量得点は少なく、投手力と守備力を中心に接戦に強いチームでした

特に、選手権の準々決勝PL戦は、選抜でも接戦となっていることから注目されていましたが、期待を超え延長17回の死闘となり、後年にも語り継がれる名勝負となりました。

ちなみにこの時PL高校の中継ぎとして登板した上重投手は立教大学に進学後、日本テレビでアナウンサーとして活躍しています。

PL学園戦の後の準決勝明徳義塾戦でも、9回の土壇場で逆転サヨナラ勝ちしており、粘り強さも特徴でした。

1998年世代を選んだポイント

ポイントは圧倒的な戦績です。

後に「松坂世代」と呼ばれる黄金世代の選手たちが、「打倒横浜高校」を掲げる中での戦績であることも無視できません。「平成の怪物」と呼ばれた松坂選手を擁し、後にプロ入りする強打者も揃え、戦力の充実ぶりも特徴です。

ただし、前項で説明したとおり、接戦も多く、逆転勝利も複数回あることから、非常に粘り強かったことが分かります。

選手権でのチーム成績は、6試合で打率.310、本塁打5本、防御率1.89、1失策となっています。打率は決して低くはありませんが、戦績の割には低い数字となっています。一方で本塁打5本は少なくありません。

守備面では、ほぼ松坂選手が一人で投げ抜いていましたが、失策1は歴代最小であり、非常に堅守を誇ったチームでもありました。

無視できないのは松坂選手の存在です。

その直球と変化球はいずれも超高校級であり、プロ入り直後から3年連続最多勝を獲得するなど、その能力は同世代を圧倒していました。

ほぼ一人で投げ抜いていながら、選手権の決勝ではノーヒットノーランを達成する等、「規格外」を体現するような選手でした。

そのため多くの高校野球ファンの記憶に残るチームでもあると思います。

輩出したプロ野球選手

高卒でプロに入団したのは松坂選手と小池選手になりますが、他に2人、大学や社会人を経由してプロ入りを果たしています。

なお後藤選手は松坂選手と西武ライオンズでチームメイトになっており、移籍後の横浜ベイスターズでは小池選手とチームメイトになっています。

松坂大輔:

西武ライオンズ(1998年ドラフト1位〜2006年)→ボストン・レッドソックス(2007年〜2012年)→ニューヨーク・メッツ(2013年〜2014年)→福岡ソフトバンクホークス(2015年〜2017年)→中日ドラゴンズ(2018年〜)

甲子園時の守備位置・背番号:投手・1番

後藤武敏:

法政大学→西武ライオンズ(2002年自由獲得枠〜2011年)→横浜DeNAベイスターズ(2012年〜)

甲子園時の守備位置・背番号:一塁手・3番

小池正晃:

横浜ベイスターズ(1998年ドラフト7位〜2008年)→中日ドラゴンズ(2008年〜2011年)→横浜DeNAベイスターズ(2012年〜2013年)

甲子園時の守備位置・背番号:右翼手・9番

小山良男:

亜細亜大学→JR東日本→中日ドラゴンズ(2004年ドラフト8位〜2008年)

甲子園時の守備位置・背番号:捕手・2番

まとめ

今回1998年の横浜高校を紹介するにあたり色々と調べていく中で、当時の横浜高校について驚くことの連続でした。その戦績もそうですが、接戦にあまりにも強すぎること等です。また対戦相手は後の「松坂世代」であり、今から見ても豪華な組み合わせの試合が多かったことが分かりました。

今シーズン、松坂選手は久々の勝利を挙げるなど、先発陣の一角として活躍しています。後藤選手もチームの顔としてプレーを続けています。本記事が、横浜高校への興味や、現役を続けているOBへの関心に繋がると幸いです。

尚、松坂世代はドキュメンタリーにもなっていますね。


関連コンテンツ:



COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です