プロ野球歴代最強特集

エンゼルスの大谷翔平の人生を紐解く〜メジャーリーガーとして輝きをますことはできるのか?〜

「好奇心を胸に」大谷翔平

二刀流プレーヤーとして、日本から世界に活躍を広げた大谷選手。

数々の解説者や関係者たちは

「二刀流は不可能」と断言していたが、その声を跳ね返し素晴らしい活躍を見せ、今では賛辞を送るようになった。

非難の声に打ち勝ち、期待の声にはそれを大きく上回る活躍を見せる大谷選手。

今までの物差しでは計れない大谷選手について迫っていく。

 

目標への取り組み方を学んだ高校時代

各メディアに紹介され、今では多くの人が知る花巻東高校の「目標設定シート」。

将来の大きな目標を真ん中に置き、そのために何をすべきかを細かくチャートにして書きこんでいくものだ。

大谷選手は夢を叶えるため、高校1年生のときに下記の目標に必要な行動・要素をあげ、まとめていた。

①:一番大きな目標(シートの真ん中のマス)に「ドラフト1位で8球団から指名されること」

②:それを達成するための要素(項目)の設定が

「体づくり」「コントロール」「キレ」「メンタル」「スピード160km/h」「人間性」「運」「変化球」

③:8つの要素を達成するために求められる具体的な項目を設定

これを行うと夢を叶えるための必要なアクションが明確になる。

あとは具体的な64項目のアクションを実行していく。

夢を叶えるためには発想のコツもあり、例えば「球速160kmを出したいと思ったら163kmくらいに目標を設定する」というようなことも佐々木洋監督(花巻東高校)から学んだ。

佐々木監督は大谷選手に対し、

「(菊池)雄星(現シアトルマリナーズ)という参考書で大谷を育てることが出来ました。

これぐらいの筋力がついたらこれだけのスピードになるというザックリとした計算でしたが、普通に考えればいずれは大谷が高校の時点で160kmを出すと思えました。

そのためにも、大谷には『雄星さんのようになりたい、という考えは持たないように』と言いました。

誰かみたいになりたい、という考えではその人を上回ることはできない。

超えたい、と思わなければダメなんだと」大谷選手は「163キロ」という数字を書いた。

それは160kmを出したいと思うのであれば、それ以上を目指さなければならないという意味でもあるのだ。

野球だけでなく、「人間性」の項目も作っており、「思いやり・応援される人間になる」といったことを掲げていたので、人間力の高さが磨かれた。

成長が増した日本ハム時代

高校卒業後の進路に、頑としてメジャー行きを宣言していたのが、結果として日本ハム入団に至った。

他の球団からは「NPBに入団するなら指名した」との皮肉めいたことを言われたが、大谷選手自身「メジャーでやりたい」と考えていたわけではなく、

「トップで活躍したい」「長く現役選手でいたい」そして「パイオニアになりたい」ということがあって「早くメジャーに行きたい」という願いに至った。

その3つの希望に対して、具体的にどんな戦略で臨めばいいかを考え資料を作り、納得した上で入団に至った。

大谷選手を突き動かすものは、いつでも好奇心だ。

日本ハムの「二刀流案」は、そのツボにはまったのだ。

「他にはない育成方法ですし、それを僕自身で確かめてみたかった」

失敗したときには?の問いかけに

「それは別に。僕が決めたことなので。ダメでも、それが今後の育成法に生かされれば無駄にはならない」

失敗することなどこれっぽっちも恐れてはいなかったのだ。日本ハムの良さは寮にもあった。寮には3つの鉄則があり、

1、読書の時間は必須

2、目標は紙に書いて壁に貼る

3.引退後も社会で通用する人間になれ

人間力を重要視している球団ということで、これも大谷選手に合っていた。

選手教育ディレクター(寮教官)を務める本村幸雄氏が凄さを感じたと。

配った「長期目標設定用紙」にしっかりと明確に目標設定が出来ていた。

高校時代からの習慣が身についていた。

それを見て、「すぐに一流になるな」と感じたと言う。大きな目標を達成する上で細かな目標を達成していき、大きく成長した大谷選手。

メジャー挑戦の際の会見では、

「自分が入団してから約5年間、ファイターズでお世話になった。

自分が(投手と打者)2つやってきたことが、球団、日本球界にとってプラスになるのかと思ったときもあったが、

入団当初から応援してくださったファンや温かく指導してくださったコーチ、チームメート、球団の方々、栗山(英樹)監督、いろんな人に支えられ、

この5年間、一日一日大切にしながら前に進むことができた。本当に感謝しかない。

日本球界に恩返しできた部分があるか自分では正直わからないが、そういう気持ちをもって頑張っていきたい気持ちは変わりない。

それも踏まえ球団のほうに話をさせていただいた」

この言葉に、日本ハム入団が正解だったと集約されている。

 

対応力の高さで不調を脱却

メジャーではオープン戦で不振に陥ったことで、開幕直前に取り組み始めたノーステップ打法。

その際、大谷選手は「(投手は)いろいろな投げ方があるけど、それにアジャストしやすい」と効果を語っていた。

メジャーの投手はテークバックがコンパクトで日本の投手のように投球モーションに間がない。

従来の大きく右足を上げる形だとタイミングが取りづらく、「(打撃フォームで)省けるところはどんどん省いていければ」と言う。

イチロー氏がメジャーで振り子打法を止めたのと似ている。

ただ、こう付け加えた。「大事な部分は変わっていない」。

大事な部分とは左脇を空けて、肘を高く上げた「フライングエルボー」と呼ばれる構えのことだ。

メジャー通算最多の762本塁打を誇るバリー・ボンズ(元ジャイアンツ)氏らメジャーリーガーに多く、テークバックを大きく使え、最後に左手でバットを強く押し込めることが可能となる。

大谷選手は日本ハム3年目の2015年に本格的に取り入れ、打球に力強さが増した。

一時バットを立てて構え、両肩のラインを投手に対して真っすぐにした構えも試していたが、現在の形に再び戻している。

オープン戦では打っているポイントが体の正面で差し込まれるケースが目立った。

この日の本塁打はノーステップ打法の効果で体の前でボールを捉えて、「フライングエルボー」から左手で押し込み、右中間へ397フィート(約121m)飛ばした。

捨てるものは捨て、いいものは残す。

「それ(ノーステップ打法)が良い方向に転ばなくなったときに継続していくのか変えなきゃいけないのか、それは自分次第。その準備をしっかりしたい」。

「打つ」を目指し、形にこだわらず試行錯誤を繰り返す。好結果は必然だ。

 

これからも皆に勇気と希望を与えていく

日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在の野茂氏、初の野手イチロー氏、ホームラン選手として活躍した松井氏、世界一チームの胴上げ投手となった上原氏、数々のプレーヤーがその名を残してきたが、

メジャーリーグ初の「10登板、20本塁打、10盗塁」が評価され、1年目にア・リーグ新人王を獲得し、今後も大谷選手にかかる期待は大きい。

誰も試みたことのないことに挑み、奮闘を続ける姿に、数々の人が勇気と希望をもらっている。

みなの期待を越え続ける姿を見せ続け、これからも私たちを楽しませてほしいと願う。

【参考資料】

https://www.sankei.com/sports/news/171111/spo1711110032-n2.html

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/41360?page=2

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/34786

https://number.bunshun.jp/articles/-/833166

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/04/05/kiji/20180404s00001007272000c.html

 

 

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