2019年甲子園・夏大会注目選手

【宮崎恭輔(国学院久我山)】中学時代からエリートの強肩強打のプロ注目キャッチャー。

【宮崎恭輔(国学院久我山)】中学時代からエリートの強肩強打のプロ注目キャッチャー。

あらすじ

高校通算15本塁打、遠投100m、二塁送球1.8秒台の強肩強打の国学院久我山、宮崎捕手。

先日28年ぶりの「甲子園出場」を果たした同チーム。

 

栄冠が決まった瞬間、粘投のエースに真っ先に抱きついた。

攻守に活躍したチームの要は、『甲子園に行きたい気持ちを最後まで強く持てた』と誇らしげに校歌を歌った。

 

決勝戦、『勝負強さは誰にも負けない』という打撃は大一番でも健在だった。

初回2死二塁、フルカウントから右前におっつける先制の一打。

 

追加点が欲しい最終回も、2死一、三塁で外角の直球をコンパクトに振り抜き、勝利をたぐり寄せた。

憎いほど冷静な打撃に、尾崎監督も『状況に応じて打ち分けられる』と全幅の信頼を寄せている。プロ注目の強打の捕手として注目される宮崎選手に迫ってみる。

 

プロフィール

  • 世代 2001年度生まれ
  • 投打 右投右打
  • ポジション 捕手
  • 所属 国学院久我山
  • 学年 3年
  • 小学 ひのきビートルズ 2008年,2009年,2010年,2011年,2012年,2013年
  • 中学 海老名リトルシニア 2014年,2015年,2016年
  • 高校 国学院久我山 2017年,2018年,2019年
  • 日本代表 東京都高校選抜 2018年
  • 全国大会(中学) 中学2年 2015年リトルシニア全国選抜野球大会(2回戦)
  • 中学3年 2016年リトルシニア日本選手権大会(3位決定戦)

 

西東京大会での宮崎選手の活躍といえば、サヨナラ満塁本塁打で早稲田実を破って、ベスト4進出を決めた試合だろう。

 

その試合、8回に盗塁を許した上に自身の悪送球で同点にされるミスをおかした。迎えた9回2死満塁の場面で打席に入った。

 

『自分が決めてやる』。

 

カウント1-2からインコースよりのスライダーをフルスイングすると打球は左翼スタンドへ。

その瞬間、チームメートが叫び、自身もいつもはしないガッツポーズが自然と飛び出した。

 

本塁に生還すると『一緒に打撃練習をしてきた。自分の善しあしをわかっている一番の相手』という須田旭内野手と抱きついた。これが人生初のサヨナラ満塁本塁打。

「最高のバッティングができた」

と喜びを爆発させた。相手の伊藤大征投手は、昨年12月のキューバ遠征の東京選抜でチームメートだった。

「球を受けたこともあるし、いい投手なのは知っている。対戦を楽しみにしていた」

と言っていた。

 

この日はここまでスライダーで第2打席は空振り三振、同じく第3打席も右飛に打ち取られおり、『スライダーが来るかも』と狙いを絞った。打者側からストライクゾーンに入ってくるスライダー、簡単なボールではなかったが、配球を読んで仕留めた高校通算15号のホームランは劇的な一打だった。

 

中学時代・海老名シニア

相模原市立大野小学校2年の時、投手兼捕手としてひのきビートルズで野球を始め、相模原市立鵜野森中学校では強豪・海老名シニアで内野手兼捕手としてプレー。

 

恵まれた環境のもと、将来のための育成を重んじながら、試合で結果を出すことも大事にしている海老名シニア。卒団後、甲子園にする選手や高校卒業後もプレーを続ける選手も少なくない。

宮崎選手が在籍時にも基盤作りに力を入れていながら、全国大会で上位に進出している。豊富な経験を積んだ。

東京都選抜でのひと時がターニングポイント

新体制がスタートした当初は謙虚さを忘れるプレーがあったそうだ。

考えを改めるきっかけとなったのが、ライバル校の精鋭と過ごしキューバへ遠征した東京都選抜。

 

他校の選手たちと寝食をともにし、さまざまなものを吸収、『もっと練習しなければ』と自分の立場を見つめ直した。

 

精神的にも『ミスをした後にどう切り替えるか』という部分が長けた東海大菅生の選手たちから大きな刺激を受けた。

 

迎えた今春は2回戦で2本塁打を放った、3回戦以降は相手からの警戒が強まり思い通りの打撃が出来なかった。

「自分がもっと打てば、楽な展開で試合が出来たはず。警戒されても打ちたい」と雪辱を期した。捕手としても

「投手の負担を減らせる配球をしたい」

と話すように、攻守でチームをけん引していく覚悟を持ち成長した春の大会だった。

 

尾崎監督の教え

「勉強も部活も真剣に打ち込める学校です」

尾崎監督は、自らの母校でもある国学院久我山の良さを常々そう語る。偏差値71の伝統ある私学の名門校で、スポーツ推薦はあるものの、高い学力を求められ、練習時間は平日・土日ともに3時間以内と定められている。環境面でもサッカー部と同じグラウンドを使用し、火~金曜日は全面を使うことは出来ない。そんな環境下でも尾崎監督は、

「“出来ない理由”にするのではなく、“だからこそ出来る”と思っています」

と言い訳はしない。少ない練習時間でも、

「(勉強の時間も十分に取れ)将来の選択肢を増やすことが出来ます」

それをむしろ強みと捉えており、現在、東大や慶応大に進み東京六大学でプレーする選手を輩出してきた。また、短い練習時間でも選手個々に強みが作れるよう練習も工夫した。練習場所は内野部分と外野のライト部分しか使えない日も多いが、その長方形のスペースを打撃練習、バント練習、盗塁練習、外野守備と4分割にする。全員で同じ練習をすることで無駄になる待ち時間を減らし、各自が今必要と思える練習を出来るようにした。選手の状態や時期によって、何かひとつの練習を重点的に行わせることもある。

「練習時間が2、3時間“しかない”とよく言われます。でも、3時間ゴロ捕球だけを、それを1週間やり通せば他校に負けない自信がつきます。それは勉強でも同じで“積み重ね”が自信になるんです」

『何のための練習か? どんな選手になりたいのか?』その意図を持つだけで、練習の短さはハンデではなくなる。自分の将来像を思い描き、宮崎選手も取り組んできたからこそ今の姿がある。

また、尾崎監督就任当時、監督と選手の立場に『壁』を感じていまったと言う。『監督の顔色を窺って野球をしてほしくない。思いとか見えたことを素直な言葉で表現してほしいのに……』そう悩む時期もあったが、ふと落ち着いて考えると『選手たちに“かっこつけるな”と言っていたけど、かっこつけていたのは自分だ』と気づいた。選手たちのパフォーマンスを最大限に発揮させるために、『監督と思われなくてもいい。彼らと共に戦うチームメイトでいよう』と決めた。

 

だから、練習では自らも体を動かしながら指導をし、練習でも試合でも声や感情を選手たちと同様に出す。ときには選手たちと一緒になってふざけることも厭わなかった。その指導方針は『頑張ってきたことを認める』ことを大事にした。それはレギュラーであろうとなかろうと関係ない。自身も裏方だったからこそ、「誰一人必要でない部員はいない」との思いが強い。

 

それは、在学時に指導を受けた高良武士監督から練習後よく声をかけてもらい嬉しかった記憶があるから。だから全部員とコミュニケーションを取るように心掛けてきた。現在、就任6年目を迎える29歳の尾崎監督。『部員たちと共に考え、行動する姿勢』がついに実を結ぶ形となった。

国学院久我山、甲子園には今夏の大会も含め6回の出場を誇る。僅差の接戦を演じているが、まだ甲子園での勝利がなかった。OBたちの悲願でもある甲子園初勝利をかけ、夢のステージに立った。

 

先日の前橋育英戦、1点ビハインドで迎えた2死2塁で頼れる4番に打席が回ってきた。キレイにセンターに返した安打で同点に追いついた。勢いづいたチームは続く高下選手が勝ち越し打を放ち、逆転勝利を飾った。この一戦、選手は思い切ってプレーしていた。その背景には、監督が選手に寄り添い、共に戦ってきた日々があった。

 

将来像・進路

181cm90kg、強肩強打のプロ注目捕手。

振り切るスイングで強い打球をはじき返す右の強打者。2年秋の新チームから4番打者を務める。3年春の都大会初戦で1試合2本塁打、同年夏の予選で2戦連発を記録した。甲子園でも落ち着いて自分のプレーが出来るということで、スカウトの評価も上がっている。

 

素晴らしいフィジカルがあるだけに、高卒でプロ入りし経験を積んでほしい逸材。

 

 

参考資料:

 

 

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