プロ野球歴代最強特集

プロ野球・巨人ファンが選ぶジャイアンツ歴代最強打者TOP3!

アイキャッチ引用:読売巨人軍公式

こんにちは、橘裕司です。

今回は、ジャイアンツの歴代最強打者Top3について巨人ファンの方に執筆してもらいました。

橘裕司
橘裕司
このシリーズもちょっとずつ充実してきたね

はじめに

読売ジャイアンツ(以下巨人)の球団創設は1934年になります。

現存する12球団の中で最も歴史があり、大日本東京野球倶楽部から始まり、1935年から1946年までは東京巨人軍、1947年からは読売ジャイアンツになり現在に至ります。

日本一は22回、リーグ優勝は45回を数え、これはいずれも12球団でトップです。交流戦の優勝は2回になります。

歴史があることから名選手も多く、永久欠番は6個ありこれも12球団でトップになります。

資金力があり、他球団なら4番クラスであろう選手を揃えていた時期もありましたが、近年は生え抜きの選手でオーダーを組むことが出来るほど、ドラフト戦略と育成が充実しています。

また、12球団で唯一「歴代の4番」として独自の基準で記録しており、現在では88代となっています。

本拠地は東京ドームとなっておりますが、球場は特別広くはなく、またドーム球場であることから飛距離が出やすく、本塁打が出やすい球場となっています。

今回はそんな巨人の歴代最強打者TOP3を紹介します。なお今回選定するにあたっては下記条件を設けました。

  • 日本人であること
    巨人は歴代の外国人選手に強打者が多く、外国人選手も含めてしまうと、TOP3を選ぶのが困難になってしまうことから、外国人選手は除外することとしました。
  • 1985年以降の入団であること
    実際にプレーを見たことが無い選手を選ぶことに抵抗があり、筆者がプロ野球を見始めたのは1990年代後半であることから、1985年以降入団の選手としました。
  • 他球団の在籍が有る選手は巨人に8年以上在籍の場合は選定対象とする
    生え抜きの強打者もいますが、他球団に行った/他球団から来た選手も紹介したいため、このような基準を設けました。

それでは下記より紹介させて頂きます。

松井秀喜

引用:スポーツ報知

松井秀喜選手は星陵高校から1992年にドラフト1位で巨人に入団。

この時は4球団が競合しましたが、本人は阪神ファンであり、阪神を熱望していました。

巨人には2002年オフにFA宣言し、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍するまで在籍していました。

渡米後は2010年にはロサンゼルス・エンゼルス、2011年にはオークランド・アスレチックス、2012年にはタンパベイ・レイズに在籍し、現役を終えました。

現役時は巨人在籍時、メジャー時代を含め「ゴジラ」の愛称で親しまれました

入団の前年の甲子園では、有名な「5打席連続敬遠」があり、プロ入り前から有名だった松井選手ですが、オープン戦での不調も有り、ルーキーイヤーの開幕は2軍で迎えました。

しかし2軍で結果を残し、1ヶ月後には1軍に昇格。2試合目で初ホームランを放ち、セ・リーグの高卒新人記録となる11本塁打放ちルーキーイヤーを終えました。

その後は2年連続20本塁打、7年連続30本塁打を放ち、首位打者1回、本塁打王3回、打点王3回を獲得し活躍しました。活躍の場をメジャーに移しても、出場機会さえあれば20本塁打以上を放つなど、結果を残し続けました。特筆すべきは、ヤンキース在籍時の2009年のワールドシリーズで、チャンピオンを決める本塁打を放つ等活躍し、日本人初のワールドシリーズMVPに輝いたことです。晩年は怪我等の影響で出場機会が減ったこともあり引退を決めました。

背番号は、2012年の35番を除き、巨人在籍時、メジャー在籍時を通して55番を背負っていました。これは王貞治氏のシーズン55本塁打を超えるようにという願いから選ばれ、現在では他球団においても長距離打者の背番号として定着しています。

松井秀喜選手の特徴

ホームランバッターの中では比較的小さいテイクバックから、球を呼び込み広角にスタンドインさせる打撃を特徴としています。

また、高校時代からそのパワーは群を抜いており、1年生時に推定飛距離140mの本塁打を記録、3年生時の「5打席連続敬遠」事件では、対戦相手である明徳義塾監督に「高校生の中に一人だけプロの選手が混じっていた」と言わせるほどでした。

巨人在籍時は首位打者1回、本塁打王3回、打点王3回を獲得しています。三冠王は惜しくも獲得できませんでしたが、二冠王を3度記録しています。

巨人在籍時の長打率.582を記録しており、これは4000打数以上で歴代3位となっています。また三振数は毎年100個前後記録していますが、四球がそれを上回ることも多く、通算の出塁率は.413を記録しており、これは歴代で4位の記録となります。高卒10年での本塁打332本は王貞治氏以来となっています。

メジャー移籍後は、本人が「メジャーの中では中距離打者」というように、巨人在籍時ほど本塁打を量産する姿はありませんでしたが、5年で20本以上の本塁打、うち1年は31本塁打をマークするなど、本塁打についても日本人としては過去現在ともに最高となる成績を残しました。メジャー通算での長打率は5割を下回ったものの.462と、依然として高い数字を記録しました。

巨人在籍時、メジャー移籍後合わせて、特筆すべきは「夏以降に成績が上がる」ということと「勝負強い」ということです。

春先の成績が悪くても、夏以降で成績を上げ、年間の成績としては高い数字を記録することが多くありました。

また、得点圏での打率が高いだけではなく、注目のある試合・シチュエーションで良く打っていた印象があり、他球団ファンからすると、当時「最も相手にしたくない打者」の一人でした。

松井秀喜選手の本塁打

巨人在籍時の動画を探しましたが、「これ!」というのが無かったため、本塁打集を紹介させていただきます。動画を見て頂ければ、巨人時代の松井の傑出ぶりが分かるかと思いますので、ぜひ見てみてください。

巨人在籍時ではありませんが、紹介しないわけにはいかないのが下記動画です。

2009年ワールドシリーズ第6戦でのホームランになります。

第2戦、第3戦でのホームランを放っており、第6戦ではこのホームランを含み6打点を記録、シリーズでは8打点を記録しシリーズMVPに輝くことになりました。

高橋由伸

引用:日テレデジタル

高橋由伸選手は桐蔭学園高校から慶応義塾大学を経て1997年ドラフト1位(逆指名)にて巨人に入団。2015年に引退するまで巨人一筋であり、引退後はそのまま監督に就任し今に至ります。

巨人入団後は、開幕戦に先発出場するなど、チームからの期待は相当なものでした。1年目は、大学時代からのライバルである元中日の川上憲伸氏と新人王を争いましたが直接対決での成績が悪かったことから、新人王はなりませんでしたが、新人王に値する成績は残しました。その後は、確実性は維持しつつ、長打力を伸ばし、常に主軸として活躍していました。

守備では主に右翼手でした。強肩を誇り、盗塁数こそ少ないものの俊足であることから守備範囲も広く、ゴールデングラブ賞の受賞は7回を数えます。一方で守備中に起因する怪我(フェンスに激突等)により、戦線を離れることもあり、多くのファインプレーと、その紙一重の守備が持ち味でもありました。現役終盤は代打での出場が主でしたが、勝負強さを活かし、結果を残しました。背番号は入団から監督就任を通し24番を背負っています。

愛称は当時の監督である長島茂雄氏が命名した「ウルフ」がありますが、あまり定着しませんでした。晩年は主にネット上で「パンダ」と言われ親しまれました。ちなみに高橋選手入団の翌年、1998年のドラフト1位で入団した上原選手とは生年月日が一緒になります。これは、上原選手が大学進学時に浪人したことが理由になります。

高橋由伸選手の特徴

右足を高く上げた一本足打法から、卓越したバットコントロールでストライクゾーン全域はもちろん、少々のボール球であればヒットやホームランをできることから「天才」と言われていました。現役を通して一本足打法でしたが、タイミングを崩されることは少なく、その点も「天才」と言われる一因でした。

三振は100個を超えたことは1年しか無く少ないですが、早打ちであり四球も少ない打者でした。ただし、通算の出塁率は.366で高い成績を残しています。巧打のイメージが強いですが、一発を放つパワーも兼ね備えており、18年の現役生活の中で二桁本塁打は14年記録しています。そして通算での長打率は.503をマークしており、これはプロ野球の歴代で31位となっています。

しかしその一方で、毎年のように打撃タイトルの十傑に名を連ねていながらタイトルの獲得はありませんでした。これは、フル出場が2001年のみであり、シーズン通して試合に出場し続けることが少なかったことが原因です。また、引退が早かったこともあり、通算成績も才能に見合っているとはいえない成績になっています。

高橋由伸選手の記憶に残る打席

2006年の広島戦での動画を紹介します。高橋選手のパワーを物語るように、打った瞬間にホームランと分かる打球は看板に直撃の大ホームランとなっています。

2010年のクライマックスシリーズの阪神戦で放ったホームランを紹介します。少々外角よりの球を、高橋選手の間合いでバットに乗せてライトスタンドに運ぶシーンは、高橋選手らしいホームランであり見慣れたシーンでした。

阿部慎之助

引用:AERAdot.

阿部慎之助選手は安田学園高校から中央大学を経て2000年ドラフト1位で巨人に入団。現在まで巨人一筋で現役を続けています。

1年目から開幕戦に捕手として出場させ、当時正捕手だった村田真一を教育係とするなど、球団をあげて阿部選手を正捕手とするべく教育をはかっていました。

2年目からは正捕手に定着、打撃については初年度から評価されていましたが、年数を重ねるごとに捕手としての評価も高まっていきました。

その結果、ゴールデングラブ賞は4回、ベストナインは9回受賞しています。盗塁阻止率は、リーグトップを2回記録し、通算では.348となっています。

ただし2015年以降は首や足の故障で内野手登録となることや、チーム事情により再度捕手登録となることもありましたが、2017年から再度内野手登録なり、一塁手としての出場が主となっています。打撃では長くチーム主軸を務めました。

また、8年間主将としてチームを牽引し、状況によっては厳しい声も上げながらチームをまとめ上げるなど、キャプテンシーは高く評価されています。

背番号に関しては、入団から一貫して10番を背負っています。

阿部慎之助選手の特徴

一般にツイスト打法(打つ瞬間に腰を捕手側に捻るイメージの打法)と呼ばれる打法を用い、投手の左右による得手/不得手や、苦手なコース等がなく「穴の少ない」打撃が特徴になります。

また、「強打の捕手」として入団しましたが、入団時の線の細さは徐々になくなり、現在の体格は外国人選手と比較しても見劣りしないものとなっています。

首位打者と打点王を1回ずつ獲得しており、本塁打王の獲得はありませんが44本塁打を放ったこともあり、また本塁打は入団から連続して二桁本塁打を続けており、今年も二桁本塁打を達成すると、史上4人目、巨人では球団新記録となります。三振は少ない一方で四球は多く、三振が四球を上回った年が2年あります。

2017シーズン終了時点での通算本塁打は388本記録しており、これは歴代では20位になります。出塁率.497は歴代35位と歴代の名選手と比較しても見劣りのない成績となっています。

阿部慎之助選手の記憶に残る打席

2010年に放った満塁本塁打を紹介します。この年はキャリアハイの44本塁打を記録しており、穴が少なく手を付けられない打者でした。他球団ファンとしては、厳しいコースも本塁打とされてしまった記憶しかありません。

2018年シーズンの本拠地初打席で放った本塁打を紹介します。レギュラーの確約がない中で2018が始まり、若手の岡本に出場機会を奪われる中での一発になります。現役も晩年とは思いますが、この本塁打を見る限りまだまだ現役で見ていたい選手だと改めて思います。

まとめ

筆者の独断と偏見で3人の打者を選定させて頂きました。ジャイアンツは「全打順が四番」と言われていた時期もあり、近年だけでも名選手が多く選定は困難でした。他球団からの移籍組で、成績だけで有れば選定の対象となるような選手も多く、それも選定が困難であった一因です。

今回選定した3人以外にも強打者は多く、巨人ファンが3人いれば、3人が別の打者を選定することも十分にあり得ると思います。皆さんが思い思いの選手のことを考え、より野球が好きになってもらえると嬉しいです。

また、現役では坂本選手をはじめ、今年ブレーク中の岡本選手、今後の活躍に期待の選手が多くプレーをしています。是非、関心を持って、球場に足を運んで頂けたらと思います。本記事がそんなきっかけになると幸いです。


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