プロ野球歴代最強特集

生ける伝説「火の玉ストレートは死なず」の藤川球児を徹底評価!現在までの軌跡を紐解く。

『分かっていても打てないストレート』。

そう評された全盛期の藤川選手のストレート。うねりを上げるストレートは、テレビ画面上ではホップしているように見え、数々の好打者のバットが空を切っていた。

実績を積み、メジャーに挑戦、再び阪神タイガースに戻り、今なを現役で活躍を続ける背景には『ファンの方の声援』に応えようと、奮闘する姿があった。

野球人生の転機

高校2年生のとき、全国高校野球選手権大会に、兄の順一と共に兄弟バッテリーで出場。

2回戦で平安高校に敗れたが、2年生の中で2人(もう一人は古木克明(元横浜他))だけ高校日本代表に選出された実績を誇る。

また、寺本四郎(元千葉ロッテ)、土居龍太郎(元横浜ベイスターズ他)の二人と合わせて高知三羽烏と呼ばれる程、プロから注目を浴びる投手だった。

その後、阪神タイガースがドラフト1位指名され入団に至る。入団4年目で初勝利を果たしたが、その後なかなか成績が伸びなかったが2004年に転機が訪れる。

山口高志(元阪神2軍投手コーチ)氏の一言が覚醒のきっかけとなった。

「なぁ球児、右足ちゃうか」

 

山口コーチと投球フォームの改造に着手

「僕の右膝がスゴく折れて地面と平行になっていたのを修正してくれた。

顎の高さぐらいでボールを離していたのを、膝を曲げないことによって頭の高さくらいからボールを離すことによって、角度が出るんですよね。

今までは角度がなかったんで低い位置からの軌道のボールだったんですけど、上から離すことによって、

こういう軌道(緩やかなU字)に変化したんで、それでバッターの対応の変化がスゴく出ましたね」

右膝を折って沈み込みながら投球する悪癖を指摘され、右膝を伸ばしながら体重移動する投球フォームに改造し、『叩く』イメージのリリースになり、バッターの手前でホップアップ(浮き上がる)するストレートとなっていった。

藤川選手のストレートは、回転数が多いことが有名である。

普通のピッチャーが1秒間に30回転から40回転のするのだが、藤川選手は45回転もするのだ。

普通のピッチャーよりも回転数が3割も多い。

本人はピンポン球のように浮き上がれと思いながら投げている感覚で、上から叩きつけるイメージで最後の最後、ボールを離す最後の瞬間、ボールを押し込んでいるらしい。

また、平均的な投手のストレートの軸はだいたい30度くらいの傾きなのにも関わらず、上から叩きこめている藤川選手のストレートは5度しかない。

藤川球児流ストレートの握り方の特徴は、まず人差し指と中指の間を空けず、完全にくっつけた握りである。

なかなかコントロールがつきにくいが、藤川投手からすると、この方がコントロールが定まるらしい。

あとは普通のストレートと同じように縫い目に指をかけて投げている。

これにより、火の玉ストレートを身に付けれるよになり、『ストレート中心にバッタバッタ三振を取れるようになり、野球人生が変わっていった』。

 

ストレートに強いこだわりを持つようになる

「ケツの穴小さいな。チ×ポコついとんのか」。

それは2005年4月21日、読売巨人の清原選手が試合後、吐き捨てるように藤川選手に言い放っていた。

場面は2-10の七回2死満塁、フルカウントからフォークで空振り三振を食らったことにいら立った。

大差なのに真っすぐじゃなかったことに立腹したようだが、藤川選手にしてみれば言い掛かりのようなものだがそれでも、これがより『火の玉ストレート』を磨く発奮材料に。

「あの一件があったから真っすぐを磨くという方向性が見えた」

藤川選手は後にこう話している。

この後、ストレートに強いこだわりを見せ、投球の約7割を占める球種となり、自信を持ち臨んだ同年6月25日に再戦。

最後の球を含む7球中6球がストレートで、その前に空振り三振した清原選手は、「20年間見てきた中で最高のストレート」と、惚れ惚れするストレートを嬉しそうに語った。

 

『必要とされる場所で投げたい』

最優秀中継ぎ投手2回 (2005年、2006年)最多セーブ投手2回 (2007年、2011年)と輝かしい成績を残し、かねてより熱望していたメジャーに挑戦。

右腕のケガもあり、思うように投球出来ず結果を残せなかった。

阪神タイガースからオファーがあるも、選んだ先は独立リーグ・四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス。

決断の理由の一つとして明かしたのが『必要とされる場所で投げたい』という思いだった。

「(阪神で)プレーはしたかった。リリーフでは絶対重要な場面でいかなきゃならないのに、それが求められてもいないのに、行ってプレーして『やれてよかったね』と言われるくらいならしません」

こだわったのは、年俸などの条件面ではない。

だからこそ高知を選んだ。

高知入団後、先発する姿を何度も視察に来た阪神編成部。

古巣から再オファーが届くと、金本監督(当時)と会って話した。

必要とされる場所で勝負する。ヤクルトなど他球団も獲得を望み「悩んだ」とも明かす。

そのなかで、やはり阪神の思いは格別だった。一番の原動力は『ファンの方の声援』と言い、

「僕がタイガースに戻って一番は、パレードをしたい。ファンの人が一番喜ぶ瞬間。日本一はできていない」

との思いで阪神に復帰した。

 

声援を力に変える!

声援に応えるべく、奮闘を続けているが、今季は代名詞であるストレートの威力が、昨季までより増しているようにも感じられる。

確かに、かつてより球速は落ちたが、それでもいまなお150㎞台を記録するスピードは健在。

そもそも藤川選手の直球は、球速というよりも独特の伸びこそが生命線。

そして、その最大の武器である伸びに関しては、まるで衰えが感じられない。

藤川選手の奪三振率における自己最高の記録は2011年の「14.12」。

今季のここまで(6月29日現在)は、それに次ぐ自己ベスト2「13.99」である。

防御率も1点台前半で7年ぶりのオールスターに登場する運びになった。

今なお輝き続ける『火の玉ストレート』藤川球児が、今日も声援に応えてくれるだろう。

 

参考資料

https://news.infoseek.co.jp/article/baseballking_193934/

https://www.daily.co.jp/newsflash/baseball/2015/07/17/0008216978.shtml

https://www.daily.co.jp/baseball/2015/06/02/0008083877.shtml

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