歴代甲子園優勝校等特集

『甲子園優勝校・歴代最強時代特集』智弁和歌山野球部の2000年世代

アイキャッチ引用:advank

こんにちは、橘です。

夏の風物詩、甲子園では様々なドラマが毎年生まれますよね。

本記事では智辯学園和歌山高等学校の歴代最強だと思われる年を紹介します。

橘裕司
橘裕司
ぶっちゃけ毎年最強だよね

2018年の智弁和歌山は選抜でも準優勝、夏の活躍が期待されますよね。

プロ注目選手もズラリと並んでいます。

智弁和歌山の通算成績

智弁和歌山は和歌山県和歌山市にあり、学校法人智弁学園が運営する高校になります。甲子園の常連校であることから、全国でも有名な強豪校になります。

名前から分かる通り、奈良の智弁学園は兄弟校であり、こちらも野球の強豪校です。両校は一度だけ、2002年の選手権3回戦で対戦しており、この時は智弁和歌山が7-3で勝利しています。

その智弁和歌山の甲子園での通算成績は春(選抜)・夏(選手権)通算で61勝31敗を記録。選抜の出場回数は12回で歴代33位タイ、選手権の出場回数は22回で歴代13位タイとなっています。

なお選抜での優勝は1回(1999年)、準優勝は3回(1996年、2000年、2018年)達成しています。選手権での優勝は2回(1997年、2000年)、準優勝は1回(2002年)達成しています。

なお、選抜/選手権問わず通算の勝率は高く、選抜での通算勝率は.694(25勝11敗)を記録しており、30試合以上行っている高校の中では5位となっています。選手権での通算勝率は.643(36勝20敗)を記録しており、こちらも高い勝率を残しています。

さて、選抜と選手権のどちらでも優勝しており、全国でも有数の戦績を持つ智弁和歌山ですが、最強だと思われる年は2000年になります。2000年は選抜で準優勝を記録しており、5年連続出場となった選手権では優勝を達成しました。では、次項から詳細を説明します。

2000年(平成12年度)の智弁和歌山

2000年の智弁和歌山は、秋季大会では和歌山県大会は優勝しましたが、その後の近畿大会では1回戦で敗退しており、明治神宮大会への出場はありません。4年ぶり4度目の出場となった選抜では、準優勝を挙げました。

春季和歌山大会では準決勝で日高中津に7-11で敗れていますが、選手権和歌山大会では、準決勝で日高中津に14ー1で勝利し雪辱を果たすと、5年連続10度目の出場となった選手権では優勝を達成。

国体は2年連続3度目の出場となりましたが、初戦で敗退しベスト8となっています。公式戦通算では24勝4敗を記録しました。以下に選抜と選手権と国体の結果をまとめました。

  • 春の選抜高校野球
    1回戦:智弁和歌山20-8丸亀
    2回戦:智弁和歌山9-6国士舘
    準々決勝:智弁和歌山1-0柳川
    準決勝:智弁和歌山10-2國學院栃木
    決勝:智弁和歌山2-4東海大相模
  • 夏の選手権大会
    1回戦:智弁和歌山14-4新発田農
    2回戦:智弁和歌山7-6中京大中京
    3回戦:智弁和歌山11-7PL学園
    準々決勝:智弁和歌山7-6柳川(延長11回)
    準決勝:智弁和歌山7-5光星学院
    決勝:智弁和歌山11-6東海大浦安
  • 国体
    準々決勝:智弁和歌山5-16長崎日大

結果を見てみると、失点が多い傾向であることが分かります。

しかし、それ以上に得点を挙げ勝利していることが印象的です。

特に選手権6試合の失点は35点、1試合平均では5.8失点と少なくありませんが、得点は57点、1試合平均では9.5得点と高い得点力を誇っていました。

選抜でも高い攻撃力で準優勝を達成しましたが、選手権では攻撃力に磨きをかけ、優勝を勝ち取りました。

一方で失点が多いことから、接戦になることも多く、選手権2回戦の中京大中京戦では7-0から1点差まで追い上げられましたし、国体の初戦のように大量点を取られてしまう脆さもあるチームでした。

橘裕司
橘裕司
僕は堤野選手の大ファンでした。甲子園決勝で2本ホームラン打ってすまし顔でベース回ってたからね

2000年の智弁和歌山を選んだポイント

2000年の智弁和歌山で特筆すべきは、「史上最強打線」とも呼ばれたその攻撃力です。

橘裕司
橘裕司
柳川戦は何度見ても熱くなる!!香月選手懐かぴ〜

大会通算での打率は.413(242打数100安打)と高い成績を残しています。

この打率は2004年の駒大苫小牧が更新するまでは、大会記録でした。

打率の記録と同時に、100安打は歴代最多であり、現在でも破られていない記録になります。

なお、本塁打は11本をマークしており、これは1984年の清原和博氏(元・西武ライオンズ他)、桑田真澄氏(元・読売ジャイアンツ他)を擁したPL学園の10本を越え、現在に至るまで歴代最多となっています。

また、重要な場面での本塁打が多かったことも無視できません。

選手権のPL学園戦では、後にプロ入りする朝井秀樹氏(元・近鉄バファローズ他)を相手に4本塁打を放ち圧倒しました。

柳川戦では4点ビハインドの場面から2本塁打で同点に追いつきました。東海大浦安戦では、ビハインドの場面で2回同点本塁打を放ち追いつきました。

これら効果的に本塁打放つことから、攻撃力とともに勝負強さも兼ね備えていたことが分かります。

智弁和歌山が輩出したプロ野球選手

2000年の智弁和歌山から高卒でプロ入りした選手はいませんが、2000年優勝時に2年生だった武内選手が、大学を経てプロのキャリアをスタートさせています。

なお強豪校、かつ強かった年にも関わらずプロ入りした人数が少ない点にも智弁和歌山の特徴があります。それは「部員数が少ない」ことです。

智弁和歌山の硬式野球部は、部員全員がスポーツコースに所属しており、1学年は10人と決まっているため、3学年でも30人と、強豪校にしては少ない人数で戦っています。

そのため、必然的にプロに輩出する人数が少なくなっています。

  • 武内晋一:早稲田大学→東京ヤクルトスワローズ(2005年 希望入団枠)
    2000年の甲子園時の主な打順・守備位置・背番号:3番・一塁手・3番

まとめ

今回は2000年の智弁和歌山を紹介させて頂きました。強打を誇り、派手な試合が多いことから、皆さんの印象にも残っているチームかもしれません。

2000年以降もコンスタントに選抜/選手権の出場を続けていますが、選手権の成績は準優勝、ベスト4、ベスト8が各1回ずつで優勝はありません。

しかし、2018年のチームは2000年のチームと同じく、選抜を準優勝しています。さらに試合内容も、失点は多いですが、高い攻撃力で相手に競り勝った内容が多く、その点も2000年のチームと似ていると感じます。

選抜では「世代最強」の呼び声も高い大阪桐蔭に惜しくも敗れましたが、夏は雪辱なるか非常に楽しみです。

2000年のチームは選抜で苦杯を喫した後、成長し選手権での優勝を達成しました。2018年のチームが夏にどういった成績を残すのか期待したいと思います。


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