中学野球注目選手

『度会隆輝・佐倉シニア』進路は横浜高校!1年春でベンチ入りの実力

アイキャッチ画像引用:http://bit.ly/2FYk93C

※追記7月16日

1年生の夏の甲子園予選で「2番・レフト」で横浜のレギュラーを獲得しました。

末恐ろしいですね。

こんにちは、橘裕司です。

今回は、佐倉シニアの度会隆輝選手にフォーカスを当ててみました。

度会選手は、佐倉シニアから横浜高校に進学し、1年生の春からベンチ入りを果たしました。度会選手の実力はこの動画を見ていただければわかるかと思います。

小さくて見えにくい? これは中学生の硬式野球チームの試合(シニア全国大会決勝)でして、神宮球場のライトスタンドにホームランを放った選手が度会隆輝選手になります。

体は細いのに、スタンドまで飛ばす打撃力、今後の活躍がとても楽しみな選手ですね。

度会隆輝のプロフィール

世代2002年度生まれ
ポジション内野手、右投左打、178cm/68kg
所属横浜高校
学年1年
球歴中学:佐倉リトルシニア (2015-2017)、父親・度会博文(元ヤクルト)高校:横浜高校
全国大会(中学)中学1年
2015年リトルシニア日本選手権大会(2回戦)
2015年ジャイアンツカップ(ベスト8)
中学2年
2016年リトルシニア日本選手権大会(2回戦)
2016年ジャイアンツカップ(ベスト4)
中学3年
2017年リトルシニア全国選抜野球大会(優勝
2017年リトルシニア日本選手権大会(準優勝
2017年ジャイアンツカップ(優勝
表彰アジアチャレンジマッチ2017 U15日本代表に選出、MVP獲得。

引用:球歴.com

世代は別記事で紹介した西川僚祐選手と同じです。

度会隆輝選手の世間の評判は以下のような感じです。

おっさんの小言ですが、昔はね、シニアの選手なんて表舞台に出ることなんてなかったんですよ。

橘裕司
橘裕司
まぁそこまですごい選手じゃなかったんだけどさ…

硬式野球チームでプレイする選手は、普段通っている中学校では部活も参加せず、週末に練習してるもんだから女の子にも野球をプレイしてる勇姿を全く見せられなかったんですよ。

橘裕司
橘裕司
軽く帰宅部ニートだと思われてた

でも、最近は中学生の選手も注目を浴びるようになり始めて(これは確実に清宮のおかげ)テレビに出れたりするんですから、良い時代になったなと。

テレビに出てたというのは、最近人気を見せている炎の体育会TVのことです。

昨年、度会隆輝選手がトスバッティングで的を撃ち抜く「野球100秒チャレンジ」に挑戦したんですが、元ヤクルトの父・度会博文さんとタッグを組んでパーフェクトを達成しました。

これ、2回目のチャレンジなんですよね。最初は母とタッグを組んで失敗して、2回目は父と組んで達成。

2回目のチャレンジができたのはお父さんの元プロ野球選手の肩書きでしょうが、こんなニッチな人達のチャレンジ、視聴率取れるんすか?と個人的には思いましたが、パーフェクトを取ったのは素直にすごいですね。

テレビ出るとモテるんすよね〜。私の高校時代の先輩も地方予選で試合がテレビに映っただけでモテてました。メディアの力はすごい。

橘裕司
橘裕司
めちゃモテるからね確かに。

冒頭にもありましたが、僕には何と言ってもリトルシニア日本選手権で放った度会選手のホームランが印象に残ります。

(58:40〜)

度会隆輝選手の父親・元ヤクルト度会博文さん

度会隆輝選手の父親である、度会博文さんはスーパーサブとしてあの古田敦也捕手を中心としたヤクルト全盛期を支えました。

懐かしい。1994年〜2008年にヤクルトに所属、ヤクルトコーチを経て、現在は球団広報です。

基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地千葉県船橋市
生年月日1972年1月26日(45歳)
身長
体重
181 cm
78 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション一塁手、三塁手、外野手
プロ入り1993年 ドラフト3位
初出場1998年4月3日
最終出場2008年10月12日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
  • 八千代松陰高等学校
  • 中央学院大学
  • ヤクルトスワローズ
    東京ヤクルトスワローズ (1994 – 2008)

コーチ歴

  • 東京ヤクルトスワローズ (2009 – 2012)

入団後4年間は一軍での起用はなかったが、1996年、1997年と2年続けて二軍で3割以上を打つ活躍を見せていた。翌1998年には手薄な内野陣の中、8番三塁で開幕スタメンに抜擢されるなど、レギュラーを奪うかに見えたが、宮本慎也の復帰で1番一塁に回されるなど、スタメン定着には至らなかった。

1999年は一軍では打撃不振で、二軍中心のシーズンとなる。この年は.357で、二軍の首位打者のタイトルを獲得。その後は主に代打として活躍。また守れるポジションが多いため、緊急事態に備えて一軍ベンチに置かれることも多かった。二軍の試合に出場する事もあるが、流石に二軍では力が上で、1996年以降3割を切ったシーズンは2003年の一度だけである。

一軍ではレギュラーを奪取する事は最後までなかったが、2006年には非常に高い代打率を残し高い打撃技術を見せた。また同年は右の代打の切り札であった土橋勝征が引退したため、度会がその任を受け継ぐ形になり、主に左投手相手に起用された。2008年9月29日、現役引退を発表。神宮球場の最終戦で、同年限りで引退する真中満・小野公誠・河端龍と共に引退セレモニーが行われた。最終打席はレフトフライ。

引用:度会博文

完全に宮本真也・土橋コンビのせいでこれ1軍レギュラー取れなかったじゃん。。。というような経歴です。

でも二人とも天才的でしたからね。二人を支えたという意味でもヤクルトへの貢献度は非常に高かったんだと思います。

うーん天才。

土橋、渋い。

実は度会隆輝の兄・基輝選手も野球エリート?

度会選手にはなんと拓大紅陵で主将を務めた兄の度会基輝選手がいるんですね。

2017年で高校野球は卒業し、大学(どこの大学かは不明)に進学し野球をするようですね。

2人の愛息が“最後の夏”を迎える。元ヤクルト内野手の度会博文広報(45)は「夏は一発勝負。頑張ってほしい」と祈るような気持ちだ。長男・基輝君(17)は千葉・拓大紅陵高3年で高校通算28本塁打を誇るスラッガー。

主将として、父ができなかった甲子園出場を目指している。次男・隆輝君(14)は千葉・佐倉シニアに所属。主に「3番・二塁」で出場した3月の日本リトルシニア全国選抜大会で優勝し、ベストナインに輝いた。決勝は観戦できなかったが、夫人の祥子さんからの情報に一喜一憂した。

「プロ野球は甘い世界じゃない。でも、野球は続けてほしい」と度会広報。2人がプロの門をくぐる日を父も記者も待っている。

引用:【父の背中を追って】度会基輝(拓大紅陵)名門の大黒柱は父譲りの野球小僧

気になるのは度会基輝選手は船橋ボーイズという硬式野球チームでプレイしていたようで、佐倉シニアではなかったんですね。

船橋ボーイズよりも佐倉シニアの方が野球技術が上がると見込んだのか、単純に引っ越したのかわかりませんが(笑)

橘裕司
橘裕司
(船橋ボーイズに失礼だろ)

度会隆輝選手は細くて体づくりはこれからという感じですが、兄の度会基輝選手は対照的に体が大きいですね。

引用:https://baseballgate.jp/p/93370/

度会選手の横浜高校での活躍を期待

度会選手の進路は横浜高校になり、春季大会から背番号14でベンチ入り。チームメートには世田谷西シニアの木下選手が同期入部しました。

度会選手と木下選手は2017年の「リトルシニア全国大会決勝戦で戦っており、木下選手が世田谷西のエース、度会選手が3番打者で、度会選手がホームランをライトスタンドに運びました。(一番上の動画ですね)

こんな二人が同じチームになるなんて今の大阪桐蔭のように横浜高校の黄金世代が生まれるかもしれませんね。

橘裕司
橘裕司
このコンボはずるい


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